アルスエレクトロニカのような組織を運営するには?

Image photo1_PictureCommonsworkshop_@EmikoOgawa-2(1)-min, Picture Commons Workshop, credit: Emiko Ogawa / Ars Electronica

蒔野真彩さんは、“Program for Next Cultural Producer Incubation Project” の最初の採択者です。この特別なレジデンスプログラムは、日本の文化庁とアルスエレクトロニカが共同で昨年初めて実施したもので、現在2022年1月4日まで応募を受け付けています。他の多くのレジデンシーとは異なり、アーティストではなく、明確に文化プロデューサーを対象としています。リンツでの6ヶ月間の滞在中、参加者はアルスエレクトロニカのいくつかの分野を体験し、また積極的にプログラムに貢献する機会があります。

アルスエレクトロニカは、単に組織、研究、プロダクションの舞台裏を見るだけではなく、次世代のキュレーターや文化プロデューサーのためのスキルを教える場所でもあります。アルスエレクトロニカは、文化、技術、社会、教育、科学の接点に位置するエコシステムであるため、この目的に適しています。このプロジェクトは、次のような疑問から始まりました。既存の枠組みにとらわれず、人々の議論を喚起し、新たな舞台を創造することができる「次世代の文化プロデューサー」をどのようにして育成するのか。アルスエレクトロニカのプリ、フューチャーラボ、センター、フェスティバルの各セクションでの研修を通して、参加者は学際的なコラボレーションの新しいコンセプトを検証することができます。応募資格は、日本国籍(または日本での永住権)を持ち、英語が使え、文化プロデューサーとして活動する意欲のあるキュレーター、アーティスト、学生です。

アルスエレクトロニカにどのような疑問を投げかけたのか、そしてリンツでの6ヶ月間が、どのように彼女の専門性を伸ばし、彼女自身の人間的な成長を促したのかは、第一期生の彼女から聞くのが一番です。蒔野真彩さんにお会いして、本プロジェクトの体験談を伺いました。

まず、あなたのバックグラウンドを教えてください。どこから来て、どんなことを学んできたのか、またどうやってこのプログラムを知ったのですか。?

蒔野: 私は、大学で社会学と人類学を学び、現在は東京大学の博士課程に在籍しています。アルスエレクトロニカとの最初の出会いは、3年前、アルスエレクトロニカ・フューチャーラボのリサーチャー・アーティストの清水陽子さんとの出会いでした。その時、彼女はまだフューチャーラボ所属ではなかったのですが、東京大学でレクチャーを行ってくださり、私にメディア・アートの世界やクリエイティブ・ディレクターという職業、そしてアルスエレクトロニカという組織を紹介してくれました。そこで私は、アルスエレクトロニカはアートだけでなく社会に関わる組織であることを知り、とても興味を持ちました。その後、松戸市の科学と芸術の丘でインターンシップを行いました。これは、松戸市が主催する国際芸術祭で、アルスエレクトロニカはメインキュレーターを務めました。そのときにアルスエレクトロニカのアーティストやディレクター達と知り合って話をしたことで、さらにアルスエレクトロニカに興味を持つようになりました。

そして昨年、日本の文化庁がこのプログラムを設立し、私はアルスエレクトロニカで働くことができる機会があると知って応募し、今に至っています! :)

そして、このプログラムの体験は、どうでしたか?

蒔野: まず第一に、本当に楽しかったです。最初は、新しいことばかりで少し不安もありました。外国に住むのも初めてのことでした。以前、ドイツに2週間ほど滞在した経験はありましたが、実際に住むのとは違います。

新しい国、新しい文化、そして国際的な企業で働くのも初めてのことです。また、職場では毎日英語を使うことになるので、すべてが新鮮です。しかも、このプログラムは一人しか参加できないので、私はオーストリアに一人で行くことになります。小川絵美子さんをはじめ、日本人の方を何人か知っていましたが、それでも少し不安でした。

初日はどんな感じでしたか?

蒔野: まず、当時のオーストリアはロックダウン中だったので、自主隔離をしなければなりませんでした。それではじめの10日間は家にこもって、アルスエレクトロニカのプログラム担当者である絵美子さんとオンラインで打ち合わせをしたり、ホームデリバリーのセッションやプリ・アルスエレクトロニカの受賞者のコンテンツをたくさん見たりしました。

そんなこんなで、あっという間の10日間でした。5月末に初めてオフィスを訪れたのですが、オフィスの多くの人がとてもオープンマインドで歓迎してくれたのを覚えています。私は主にフェスティバル・チームに所属し、ガーデン・マネジメントやオンライン・フェスティバルの一部のプロジェクト・マネジメントを担当しましたが、同時にセンターやフューチャーラボといった他の部門にも参加し、ソリューションにも足を運びました。

このインターンシップの私の目的は、アルスエレクトロニカという組織を理解することでした。そのために組織のたくさんの方にお会いし、個別のインタビューを行いました。その中で、「あなたはここでどんな仕事をしているのか、なぜアルスエレクトロニカで働いているのか」、「他のミュージアムやアート機関ではなく、なぜアルスエレクトロニカを選んだのか?」といった質問をしました。それを通じて、アルスエレクトロニカではどんな方たちが働いているのか、彼らはどのようにこの組織を管理しているのか、そしてチーム内外でどのようにコミュニケーションをとっているのかを理解しようとしました。

結果はどうだったのでしょうか?

蒔野: その結果、ほとんどの人がアルスエレクトロニカのコアとなる考え方を共有していることがわかりました。部署によって個性が違うにもかかわらず、アルスエレクトロニカが大切にしている価値観・精神の話になると、多くの人がアート、テクノロジー、社会のトライアングルを挙げてくれました。

一方、リサーチャーの立場からは、アルスエレクトロニカとリンツ市の関係をもっと知りたいと思いました。私の最初の疑問は、アルスエレクトロニカが40年以上かけてリンツ市の文化をどのように育ててきたのかということでした。アルスエレクトロニカが設立された1970年代、リンツはそれほど「クール」ではなく、いわば有名でもなく、観光地でもなかったことはすでに知っていました。リンツをメディアアートの街に変えたプロセスと、街とこの組織の関係を知りたかったのです。

そして2つ目のポイントは、より実践的な側面である「組織運営」です。私の目標は、アカデミアの世界で教授になることではなく、現場に関わるプロデューサーになることです。そして、芸術祭の運営やキュレーションを自分でやってみたいと思っています。少なくとも日本では、資金調達やパートナーとのコラボレーションなど、アートフェスティバルを運営するのが特に難しい側面があるので、アルスエレクトロニカがどのように様々なパートナーとコラボレーションし、どのように運営されているのかを知りたかったのです。

それは非常に興味深い話ですね。あなたは、アルスエレクトロニカ・センターやフューチャーラボとも仕事をしたとおっしゃいましたね。もう少し詳しく教えてください。

蒔野: フューチャーラボでは、私のメンターであるマリア・プファイファーさんと毎月メンタリングセッションを行いました。彼女に会って、その時に知りたかったことを何でも聞いてみました。あとは、松戸市の科学と芸術の丘のプロジェクトマネジメントを清水陽子さんと一緒に行いました。また、ホームデリバリサービスの一環として、「Future Matters」というワークショップを行いました。このワークショップでは、素材をプログラミングするクリエイティブな実験をしたり、未来の素材について考えたりすることで、生徒たちが素材の研究者や発明家になるというものです。

Future Matters Workshop, credit: Nasushiobara city board of Education

このワークショップに加えて、自分でオリジナルのワークショップを作りました。その名も「Picture Commons」ワークショップです。先ほどお話ししたように、私はローカルなコミュニティや市民と文化機関の関わりに関心があります。そこで、アルスエレクトロニカの「シティズンラボ」とコラボし、リンツの公共空間の写真を使って、未来のコモンズを想像するワークショップを作りました。そして、センターの「テーマ・ウィーケンド」と呼ばれるスペシャルプログラムの中のひとつのイベントとしてワークショップを開催しました。

Picture Commons Workshop, credit: Emiko Ogawa / Ars Electronica

この研修プログラムで苦労した点や、次年度に向けた改善点などはありましたか?

蒔野: 私はこのレジデンシープログラムの初参加者です。今年は私の興味に合わせてプログラムがアレンジされましたが、このプログラムは参加者の興味に合わせてアレンジされると思います。例えば、私はアルスエレクトロニカの社会的な側面にとても興味があったので、メンターの絵美子さんがそれに合わせてスケジュールを組んでくれました。しかし、例えば技術的な側面に興味がある人は、フューチャーラボでより多くのプロジェクトに参加することができるのではないでしょうか。

結論から言うと、 今回のプログラムであなた個人にとって最も重要な成果は何でしたか?

蒔野: まず、この数ヶ月で私は大きく変わりました。最初は、コミュニケーションのスタイルや仕事の進め方も日本の文化と全く違うのに戸惑いました。人と話すのは好きでも、異なる文化の中でどのようにコミュニケーションを取れば良いのかがわからなかったので、はじめのうちは少しシャイな人に見えていたと思います。でも、だんだんとその感覚がわかってきて、本当にチームに参加できるようになりました。ゲストとしてではなく、メンバーとして、特にフェスティバルのチームに参加しました。また、私はフェスティバルのガーデン・マネジメントを担当し、アフリカ、インド、アジア、ヨーロッパ、中東などの国際的なパートナーと一緒に仕事をさせていただきました。このプロジェクトマネジメントを通して、文化の違いを体験することができ、様々なバックグラウンドを持つ方たちと、どのように歩幅を合わせていけば良いのかを学ぶことができました。

最も重要な成果は、とてもシンプルなことだと思います。実際、私はここで多くのテクニックやヒントを学びましたが、最も印象的だったのは、アルスエレクトロニカのような組織を管理するためには、「信頼」が最も重要であるということです。

“アルスエレクトロニカのような組織を運営するには、信頼が最も重要である”

「信頼」、それはチームメンバー全員との信頼関係、そして外部のパートナーとの信頼関係です。フェスティバルのプロダクションでは、パートナーとのやりとりの中で、「いいよ、私たちはあなたのパートナーだから。」「いいよ、あなたたちはアルスエレクトロニカだから。」と言われる場面が何度かありました。アルスエレクトロニカは40年に渡って信頼関係を築いてきており、そして今も、アルスエレクトロニカのメンバーはその関係を維持し、発展させようとしています。非常にシンプルな結果ですが、私にとってはとても重要な気づきです。

素晴らしいですね!また、あなたがおっしゃった、職場の文化やコミュニケーションの方法を知ることについても…ひとつの国や会社に適応する方法を学んだら、他の国や他の場所でも同じように適応できるのではないでしょうか。

蒔野: フェスティバル・プロダクションの期間、もちろん全員を理解することはできませんでしたが、少なくとも私の視点や考え方は一面に過ぎないということは理解できました。考え方の違いは当然です。では、どうすればこの差を縮めることができるのか。自分の考え方を変えたことで、今後も他の場所でも働けるという大きな自信をつけることができました。


12月3日午前10時より、「Program for Next Cultural Producer Incubation Project」についてのHome Delivery(ストリーミング・日本語)を開催します。

1996年、兵庫県生まれ。東京大学大学院多文化共生・統合人間学プログラム博士課程在学中。創造都市、コモンズ、コミュニティアートプロジェクトなどをテーマに、社会学・人類学の分野で研究を行っている。原発事故後の福島でのアートプロジェクトについて書いた修士論文は、同プログラムで最優秀賞を受賞した。 アートディレクションやコンテンツ制作など、幅広い分野に関心がある。2020年には、日本のエンターテインメント企業でインターンシップを行い、バーチャルリアリティコンテンツのプロジェクトに参加した。未来の都市におけるアートマネジメントに貢献するために活動している。